耳まで裂けた鬼婆に会った少年
どんな伝承か
日露戦争で戦死した長尾景正が小学生の頃のことである。ある日、学校の補習教育で帰宅が遅れ、夕暮れて薄暗くなってから急いで帰って来た。家の近くまで来たとき、下女の老婆が俯いて歩いて来るのに出会った。迎えに来てくれたのかと思ったが、そのまますれ違って通り過ぎようとするので、婆やと声を掛けると、老婆は「エッエイ」と顔を上げた。その顔は耳まで裂けた鬼婆であり、景正は魂消て一目散に家へ逃げ込んだ。帰って見ると、下女の老婆はご飯炊きをして家の中にいたという。
原典より
日露戦争で戦死を遂げた長尾景正が小学生の頃、ある日学校の補習教育で帰宅が遅れ、夕昏くなって急いで帰って来た。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史)
『猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説』は、猪苗代町の町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。町内の話者から聞いた方言まじりの昔話と、楊枝峠の力松、皿沼物語、木地小屋村の大蛇、大恩寺の化け灯篭、首なし地蔵、吾磐椅の鬼婆、磐梯明神など、町内の地名や寺社にまつわる伝説を載せる。昔話は動物昔話と本格昔話に分け、伝説の末尾に『新編会津風土記』『耶麻郡誌』などに載る伝説の題を挙げた伝説追補を付す。