三軒で築いた土田の古堤
どんな伝承か
押立温泉の西北約二キロの山の中に古堤がある。延宝年前、亀ヶ城の士であった五十嵐庄衛・穴沢進・高橋某の三氏の各先祖が土田に落着いたとき、灌漑用の用水堤として三軒で築いたものである。また中の堤というのは、延宝三年に土田村ができてから築堤されたものだという。
原典より
押立温泉の西北約二キロの山の中に古堤がある。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史)
『猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説』は、猪苗代町の町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。町内の話者から聞いた方言まじりの昔話と、楊枝峠の力松、皿沼物語、木地小屋村の大蛇、大恩寺の化け灯篭、首なし地蔵、吾磐椅の鬼婆、磐梯明神など、町内の地名や寺社にまつわる伝説を載せる。昔話は動物昔話と本格昔話に分け、伝説の末尾に『新編会津風土記』『耶麻郡誌』などに載る伝説の題を挙げた伝説追補を付す。