弘法大師が封じた手長足長
どんな伝承か
昔、会津の盆地がまだ一面の谷地で、田畑も少なかった頃、この盆地に手長・足長という者が棲んでいた。これが時々嵐を起こし雨を呼んで作物の実入りを妨げるので、人々から怨まれ憎まれていた。たまたま弘法大師が諸国行脚の途中で会津に立ち寄り、どこへ行っても嘆きと憤りの声が満ちているのを見て理由を尋ね、手長・足長の棲家を訪ねた。大きくなれるかと問えば天まで届くほどになり、小さくはなれまいと言えば豆粒のようになって手の平に乗った。その隙に弘法大師は用意した石の箱に封じ込め、呪文を唱えて堅く密閉し、罪亡ぼしに世のため人のため尽くせと、大磐梯の頂上に埋めて磐梯明神と崇め祭ったという。
原典より
昔、会津の盆地がまだ一面の谷地で、背が茂り田畑も少なかった頃、この盆地に手長・足長という者が棲んでいた。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史)
『猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説』は、猪苗代町の町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。町内の話者から聞いた方言まじりの昔話と、楊枝峠の力松、皿沼物語、木地小屋村の大蛇、大恩寺の化け灯篭、首なし地蔵、吾磐椅の鬼婆、磐梯明神など、町内の地名や寺社にまつわる伝説を載せる。昔話は動物昔話と本格昔話に分け、伝説の末尾に『新編会津風土記』『耶麻郡誌』などに載る伝説の題を挙げた伝説追補を付す。