山川博士の謝罪と郁子の急死
どんな伝承か
感光板が入っていなかった騒ぎのさなか、藤教篤は玄関先に来て、自分が入れたつもりで間違えていたと藤原咲平に言い残して立ち去った。知らせを聞いた山川健次郎は長尾氏に案内されて台所へ行き、郁子夫人の前に両手をつき白髪頭を下げて、粗忽者を使ったことを詫びた。夫人は間違いと分かれば安心だと応じた。しかし翌一月九日の朝、夫の長尾与吉は山川の宿を訪ねて実験の打ち切りを告げ、山川と藤原は丸亀を去った。その後、新聞は虚実入り交じりの記事を書き立て、実験物が盗まれる事件も起き、長尾家には「カクシテイタストイノチハモラウ」と書かれた脅しの紙が投げ込まれた。郁子は病を得て、その年の二月二十六日に世を去った。
原典より
健次郎は此の通り両手をついて御詫申します”と言って謝罪した。—— 新霊交思想の研究――新スピリチュアリズム・心霊研究・超心理学の系譜(田中千代松・田中千代松・心霊研究) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新霊交思想の研究――新スピリチュアリズム・心霊研究・超心理学の系譜(田中千代松・田中千代松・心霊研究)
『新霊交思想の研究――新スピリチュアリズム・心霊研究・超心理学の系譜』は、田中千代松が著した思想史の研究書である。死者の霊との交信を説く新スピリチュアリズムと、そこから生まれた心霊研究、さらに超心理学までの系譜を、社会思想史の観点から科学と宗教の闘争史としてたどる。全七章と結語から成り、欧米での勃興、クルックスらの実験研究、マルクス主義からの攻撃、SPRとASPR、井上円了と福来友吉、ラインの実験と超心理学の限界を順に論じる。