烏が守った鳴山城と田島の名
どんな伝承か
田島は昔「火の町」と称したが、長沼氏の時代以後に田島と改めたという。源頼朝のころ、長沼氏は愛宕山に築城してこの地方を領知していたが、一族の間柄であるはずの白河結城と仲が悪く、しばしば戦闘を繰り返し、長禄三年には白河勢に鳴山城を分捕られてしまった。すぐに奪還を図って兵をあげたとき、愛宕山の山頂に烏の大群が押し寄せて敵をさんざん悩ませ、ついに撤退させてしまったという。これに因み、烏が多くいた愛宕山を鳴山と称し、長沼氏の築いた城を鳴山城といった。烏山の文字を分解して田島と呼ぶようになったとも伝える。
原典より
田島はむかし「火の町」と称したが、長沼氏時代以後に田島と改めたという。—— 田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史・自治体史(民俗))
『田島町史 第4巻(民俗篇)』第二節所収の伝説。福島県田島町(南会津)に伝わる自然・歴史・神仏・池淵・幽霊・妖怪の伝説を採録する。