背に乗って運ばれた石の不動尊
どんな伝承か
上大戸の松井家には石の不動尊がまつられている。落ち武者の形見の木像の不動尊を焼いてしまった後に不幸が続いたため、主人が心を改めて立てたものと伝わる像である。明治の初めごろのことかとされるが、この不動尊をまつる土地の境をめぐって争いが起き、負けた松井家は像を移さなければならなくなった。百キロを超える石像をどう運ぼうかと思案しながら背を向けると、像は子どもが親の背におぶさるように乗ってきて、そのまま今の場所まで運ばれたという。その後も五穀豊穣や家内安全、病気の回復の願いをかなえる不動尊として、各地から参る人が絶えなかったと伝わる。
原典より
重さが一○○キログラム以上もあるこの石像をどうして運ぼうかと思案しながら、石像に背を向けると、子供が親の背中に乗るように乗って、現在ある所まで運ばれて来たといわれている。—— 田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史)
『田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説』は、田沼町が編んだ町史第一巻のうち、伝説の節の大半とことわざの節の冒頭を収めたものである。僧や鎧の祟り、神社の霊験、佐野宗綱の出陣、藤原秀郷ゆかりの井戸、義民、地名の由来、落人、寺社の縁起など、町内各地に伝わる話を地名や家名とともに記す。伝説は英雄偉人・義民・地名・落人・寺社縁起などの項に分けて並べ、ことわざの節は調査員の協力で集めたものを五十音順に掲げるが、いの項で終わっている。