伏見稲荷の山に上る諸国の番狐
どんな伝承か
伏見稲荷を諸国の狐の元締めとみる考えから、いつのころからか番狐という信仰が生まれた。伴蒿蹊の『閑田耕筆』によれば、諸国から番狐というものがこの山に来て穴に住む。たいてい夫婦で住み、雌が身ごもると別の産屋の穴で子を産むが、その子をどこへ移すのか、山にいるのは夫婦だけである。番には年限があるらしく、時がくれば入れ替わる。田舎から、わが村の狐どのが番に上がったと聞いて会いに来る人もおり、神官は穴を教えてやるが、訳は知らないという。番狐のほかに野狐は一匹もおらず、狐憑きをこの社へ連れて来れば、狐はひどく恐れて必ず離れるともいう。
原典より
諸国より番狐といふもの、この山に来りて穴に住り。—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。