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命婦の名を阿古町に譲った伝え

所在地京都府京都市伏見区(伏見稲荷大社)
年代伝承(口承)
登場後三条天皇、進命婦、行幸の折に老狐に命婦の禄田を与えたと伝わる天皇、稲荷に七日籠り命婦の称を阿古町に譲ったと伝わる女性
出典日本の憑きもの――俗信は今も生きている

どんな伝承か

伏見稲荷に付き従う霊狐を命婦と呼ぶことについて、二つの由来が伝えられている。一つは『口授十五箇条之解』の命婦之事に見えるもので、昔、後三条天皇が行幸された折、この社に付き従う老狐に食封として命婦の禄田をお与えになったという。もう一つは、一条天皇の代に、進命婦という女性が七日のあいだ稲荷に籠って願いをかなえたので、自分の命婦という呼び名を、下の社の狐である阿古町に譲ったのが始まりだという伝説である。著者は、実際には狐に対するあだ名として単純に始まったのではないかと見ている。

原典より

それを別に命婦と呼んだことについては、『口授十五箇条之解』命婦之事に、「昔時、後三条天皇当時行幸ノ砌、当社附属ノ老狐ニ食封トシテ命婦ノ禄田ヲ給ハル」とあり、…—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))

『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。

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