草分けと新興の対立に始まる憑きもの筋
どんな伝承か
西出雲の半島部D浦における、石塚尊俊の憑きもの筋実態調査である。戸数は全部で五二戸、大部分はS姓で、憑きもの筋は全体の六一パーセントの三十三戸に及んでいた。壬申戸籍にない家、分家・隠居や縁組で生じた黒を除いて整理してゆくと、古い黒筋の家が残る。地形と各家の土着時期・本末関係・資産状態を対比して検討すると、もっとも古いのは神社・寺の本願である井戸のそばのS本家だが、資産では南のY本家が一番であった。この浦の憑きもの筋の起こりは、草分けのS本家と、遅れて入って前者を凌駕したY本家との対立関係に始まるものと考えられた。
原典より
つまり、この浦における憑きもの筋の濫觴は、おそらく草分けのS本家と、それよりおくれて入って、しかも前者を凌駕したY本家との対立関係に始まるもので、…—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。