南海部郡の神職家の火伏せと湯伏せ
どんな伝承か
大分県南海部郡のある神職家には、憑きもの落としの行法として「火伏せ」と「湯伏せ」が伝わっていた。火伏せとは火渡りと同じもので、薪の火を火伏せの法でいったん静め、まず行者みずから渡ってみせてから病人にも渡らせると、そのはずみに憑きものが落ちるという。湯伏せとは湯加持と同じもので、湯立ての湯を湯伏せの法で静めた上で、笹にひたして病人にふりかけるものである。吉田家の流れを汲む神道加持の一種とされる。
原典より
大分県南海部郡のさる神職家に伝わるものは、火伏せと湯伏せであったが、いうところの火伏せとは、さきにいった火渡りと同じもの、湯伏せとは湯加持と同じものであった。—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。