三月十五日に休む梅若忌
どんな伝承か
雑誌『郷土研究』に載る「武州川崎辺年中行事」には、農家が三月十五日を梅若忌と呼んで休むと記されている。梅若は謡曲隅田川で知られる吉田少将維貞の子で、七歳で叡山に入ったが同輩と才学を競って寺中の反目を買い、国元へ帰る途中に信夫藤太へ誘拐され、武蔵国の隅田川のほとりで病死した。木母寺の僧が哀れんで寺内に葬り柳を植えたのが梅若塚と伝わる。その忌日を祀るのが梅若忌で、川崎のほか津久井郡や旧都筑郡中川村でも同じ日を休みとし、埼玉には梅若の泣餅、仙台には梅若ゴトの名が残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川県の歴史 県史講座要録――伝説と昔話(中村亮雄(「伝説と昔話」)・神奈川県の歴史)
『神奈川県の歴史 県史講座要録――伝説と昔話』は、県史講座要録の県下の民俗篇に収められた、中村亮雄による講述「伝説と昔話」である。柳田国男の白米城伝説の研究を手がかりに、三浦半島の二反ヶ城、鶴見の見返し坂、湯河原の石橋山合戦の伝承など県内の伝説を取り上げ、藤沢・津久井・平塚などの昔話や笑話、世間話を紹介する。「はじめに」「伝説」「昔話」「あとがき」の四節からなり、昔話は本格昔話・派生昔話・笑話の別に沿って類話を並べる。