屋敷跡に火の玉が出た為治魔地蔵
どんな伝承か
西林寺の参道の右下にある竹林には、昔、郷士の毛利四郎右衛門が住んでいた。なぜかこの家では怪しいことが続き、一家は死に絶えて家も焼けた。その跡に夜になると火の玉が出る、光り物がすると噂が立ち、村人が恐る恐る探ってみると、屋敷の隅に三尺ほどの自然石が立ち、煤けた表に地蔵が浮き彫りになっていた。こんな所ではもったいないと、村の鬼門にあたる為治魔谷に祀ったという。別の話では、毛利家が絶えたあと分家の定次が家を建てると怪異が続き、祈祷すると、毛利に熱い目に遭わされ供養もされない、早く為治魔谷へ移せという地蔵のお告げがあったとも、毛利氏が廃寺の地蔵をかまどの石に使ったとも伝わる。
原典より
その跡の夜になると「火の玉が出る。いや光りものがする」という噂が広がって村人は恐れおののいていました。—— 篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌)
『篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異』は、筑前の篠栗町の町誌民俗編から伝説の章を収めた部分である。鉾立山の玉依姫、若杉山の岩にまつわる弘法大師や鬼の伝承、薬師・地蔵・観音の霊験、平家岩や古井戸の言い伝えを番号つきの項で並べ、『筑前国続風土記』などの地誌や説明板の文を引く。後半では狐に化かされた話や狐憑き、狸の法座、巷の笑い話、若杉山の白蛇と杵蛇、河童の話を、古老の語りを交えて記す。