土中で光った小豆観音
どんな伝承か
むかし則知という武士が蜂屋にやって来て、村の守りとなるようにとお堂を建て、観音をまつった。年を経たある年、大水が出てお堂は流され、仏像も土に埋もれて行方が分からなくなった。村人は仏を探して埋もれたあたりの土を掘り、開墾を続けていたが、あるとき土の中から不思議な光がさすので掘り起こすと、探し求めていた観音像であった。村人は山ぎわに堂を再建し、もち米に小豆をまぜた飯を炊いて供えた。いまも堂の前の岩に小豆のような小石が入っているのは、その名残りだという。武士の名にちなんで集落を則友といい、常に開墾したことからジョウカイ(常開、のちに上開)の名がついたと伝える。
原典より
村人たちは仏さまの行方を尋ねて、埋もれたあたりの土を掘ってはいつも開墾をしていたが、ある時、土の中からふしぎな光がさしているので掘りおこしてみると、探し求めていた観音像であった。—— 美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史)
『美濃加茂市史 民俗編――伝説』は、美濃加茂市の市史民俗編のうち、第一三章「俗信」と、第一四章「伝説 昔話 世間話」の総説および第二節「伝説」を収めたものである。天候・農事・人事にかかわることわざと俗信、民間療法、樹木の禁忌を挙げたうえで、伊深・蜂屋・太田・三和など市内各地区に伝わる三度栗、龍宮さまの淵、火塚、山男、かぶと淵などの伝説六十四話を記す。昔話・世間話の節は含まず、伝説の多くは題に伝承地区の名を添える。