法華経で大蛇を済度した佐用姫
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どんな伝承か
佐用姫は姉体の清水が在家にある郡司義実の屋形に着いた。明けて八月十五日、義実は世継ぎというのは嘘で、止々井の沼の大蛇への身御供として買ってきたのだと明かす。姫は父の十三回忌を営めた恩を思い、上下胆沢の民が助かるならと承知し、白装束で沼の淵の化粧堂に入る。守り本尊の薬師観音に胆沢の百姓の安穏を願い、四ッ柱の神床に座した。二十丈余の大蛇が現れると、姫は法華経五巻を読み上げて経を打ちかけ、十六本の角は欠け落ちて大蛇は元の長者の妻の姿に戻った。姫は角筏に乗り、見分森を経て九州へ帰ったという。
原典より
幾日かたって、姉体の清水が在家郡司義実の屋形に着く。—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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