飢饉に粥を炊いた釜石の由来
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どんな伝承か
水沢市佐倉河字釜石という地名は、正元元年の大飢饉のとき、掃部長者がこの付近に大釜を据えて粥を炊き、民衆の飢餓を救ったことに由来すると伝える。『胆沢町史』は、六世紀のこととする伝説と十三世紀という年代とでは合わないと注記しつつ、松浦佐用姫と高山掃部の伝説にまつわる地名の一つとしてこの地を挙げている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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奥州市の伝承
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