堂跡から掘り出された潟岸薬師
どんな伝承か
『胆沢風土聞誌写』によれば、掃部長者の妻が蝮蛇に化けて湖水に入り祟りをなすので、土地の人々は恐れて潟岸明神を祀ることとし、美女を贄に供えるため郡司兵衛義実が遠州中山の里へ行き小夜姫を買い取ってきた。贄となった小夜姫は四ッ柱に組んだ床に座って念仏を誦経し、その災難を免れることができた。その有難さから社堂を建てて薬師如来を安置したという。のちに荒廃したが、慶安三年、その堂跡から薬師座像の石仏を土中より掘り出し、再び薬師堂を建てて祀った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。