八十五日をかけた小夜姫の旅
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どんな伝承か
破れ笠をとった小夜姫の顔は、吉実が自分の娘かと見紛うほどであった。あばら家に招かれ身の上を聞いた吉実は、目的を告げるのをためらいながらも打ち明ける。母は仰天して泣いたが、姫は父の十三回忌を営める好機と考え、身代金三千両で身売りを承知した。法要を終えた姫は母の嘆きを振り切って旅立つ。博多から船、奈良から徒歩と続く道中で足に豆をつくり、大井川では五日の川留めにあった。松島や磐井川で歌を詠みながら、九州を出て八十五日目の八月十二日に磐井川を越え、その夜更けに下胆沢の吉実の館へ着いた。
原典より
丁寧な挨拶をしながら破れた笠をとった小夜姫の顔を見た吉実は、あっとあやうく声をあげるところでした。—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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