父を葬り建てた禅司房の石塔
どんな伝承か
大蛇と化した嘉門長者の妻は、実子の禅司房を殺そうと幾度も謀ったが、三百六十人の目があって果たせず、ついに夫の嘉門長者を害し、屋形に火を放って止々井の大堤に身を隠した。栄えた屋形も無常の煙となり、代々の栄華は昔語りとなった。禅司房は深く嘆いて名僧知識を招き、父の葬礼を営んだ。父の霊は館の東に葬られ、一基の塔が建てられた。苔むした石面には弘長二年壬戌七月忌辰の文字がわずかに読めるという。禅司房は父母の報恩のため故郷を出て仏門に入り、永く菩提を弔った。焼けた穀物は今も土中から鍬先に浮き出て、見る人に昔を偲ばせるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。