夫と三子を食い殺した長者の妻
どんな伝承か
止々井ノ沼のほとりの高山という所に、掃部という日本一を自称する大長者が住んでいた。名は祇春といい、祇明祇広祇勝の三人の子に恵まれ、上下胆沢五十七郷を領する大地主であった。祇春は慈悲深く、悪路を直し川に橋をかけ、貧しい者に衣食を与えたので仏の再来かと喜ばれた。ところが女房は大欲無道で、召使を昼夜の別なくこき使い、二間の柱を枕にさせ、一番鶏が鳴くのも遅いと槌で叩いて起こした。二年続きの凶作の年、祇春は蔵を開いて人々を救ったが、それを見つけた妻は報復のように池の珍魚を食い、夫婦は激しく争った。狂った妻は鬼面と化して祇春と三人の子を食い殺し、邸に火を放った。焼跡に妻の骨は現れなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。