大阪から資金を借りた仁多の製鉄業者
どんな伝承か
元禄時代を前後して国内商業がめざましく発達し、大阪商人は各地の生産に投資して商品を全国に集散し、貧しい百姓に土地を抵当として金を貸した。田舎町の加茂町でも、松江藩から木綿改判切手預を命じられた田中屋喜十が、京・大阪・播州・越後などの商人と広く取引していた。さらに仁多郡の製鉄業者であったト蔵家・桜井家などは、その事業資金を大阪の鴻池や天王寺などから借り入れて経営していたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版)
『憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、昭和三十一年に書き加えて新版とした研究書である。出雲・隠岐を中心とする山陰の狐持ちなど、家筋に結びつけられた憑きもの迷信を、法務局が扱った人権事件、藩の触書や村の古文書、加茂町の世帯調査から集めている。狐持ちの家に生まれた著者の体験から説き起こし、江戸中期以降の新興地主への反感に起こりを求める。柳田国男が序を寄せている。