弘法大師の杖が芽吹いた塩見の菩提樹
どんな伝承か
美土里町北の一部落に塩見というところがある。昔、弘法大師が横田と北との境のほととぎす峠を越えてこの部落に来て、ある農家に立ち寄り飯を食べさせてくれと言った。しかしその家は貧しく飯がないので、塩粥でよければお上がりくださいと答えた。それからここを塩貝(塩見)と呼ぶようになったという。その部落には小さい宮があり、そのほとりに菩提樹の木がある。弘法大師がその宮で休んだとき、ついていた杖を立てたところ、その杖から芽が出て今の菩提樹になったものだと言い伝えている。芸藩通志は北村の塩谷寺屋敷と呼ぶ地に菩提樹があると記す。
原典より
それは弘法大師がその宮で休まれた時ついておられた杖をたてられた、その杖から芽が出て今の菩提樹になったものといい伝えている。—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。