湯が絶えて有馬に移った湯坂の温泉
どんな伝承か
向原町坂から山田という所へ越える小さな峠は湯坂と呼ばれている。昔はここに温泉が湧いていたが、いつのころかその湯が絶えたとき、ちょうど播州の有馬に温泉が湧き出したのだと、土地の古老は語り伝えている。江戸期の国郡志の坂村の部にも同じ言い伝えが記され、峠には湯壺の跡がいまもほぼ残っているとある。光明皇后が千日のあいだ薬湯をたてたという千日風呂の伝えと同じ村に残る話である。
原典より
又近くの山田というところへ越す小さな峠がありこれを湯坂とよんでいるがここに温泉が湧き出ていたが、いつのころかこの湯が絶えた頃、播州有馬に温泉が湧きだしたと古老が語り伝えている。—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。