夢告で蘇った社司と五色の小石
どんな伝承か
寛文のころ、向原町坂の八幡社の社司青山多太夫は子がなく、家が絶えるのを案じて社殿にこもり七日七夜祈った。満願の夜、白髪の老人が夢に現れて金毘羅神と名乗り、男子を授けるので六歳になったら毎年讃岐の金毘羅社へ参らせよと告げた。翌年その日に男子が生まれ、のち青山和泉守吉重と名乗った。元禄十三年一月十日、再び夢に金毘羅神が現れ、卯月七日に命が尽きるが奇瑞があるので亡骸を動かすなと告げた。吉重はその日に息絶えたが、三刻ほどで生き返った。お礼に讃岐へ参った帰り、荷の中に五色の筋の小石が入っていたので神社に納めると霊験が続き、坂のこんぴらさんとして参詣者が絶えなかった。
原典より
夢想にたがわず、卯月七日に終に絶命したが遺言もあることでもあり披露もせず死も動かさず、家内中ひたすら神に祈念していたところ三刻ばかりすぎて吉重は蘇生した、…—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。