出雲大社から持ち帰った消えずの神火
どんな伝承か
一九〇一年七月、ナオは喜三郎夫妻ら十二人で、オオクニヌシノカミを祀る出雲大社へ向かった。途中、山陰一の漁港加露に三泊し、道のりの大半を歩いて大社の町に入り、十二日に参拝した。ナオは大社に特に願って、神代から絶えたことがないという消えずの神火と、御饌井の清水、社殿の下の土をもらい受けた。神火は檜皮の火縄三本に移し、二十日に綾部へ帰り着くとすぐ神前に灯して番人をつけた。神水は敷地の井戸に注ぎ、土は信者が三組に分かれて丹波の山間から京都までまき、綾部を中心とする神域を定めたという。「火の御用」と呼ばれる出修である。
原典より
ナオは、大社にとくにねがって、消えずの神火、御饌井の清水および社殿下の土をもらいうけ、神火は檜皮製の火縄三本にうつして、二十日、綾部に帰着した。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。