神示を頼りに谷底へ落ちたマンガン探し
どんな伝承か
園部から穴太へ戻った喜三郎は、鉱脈を探す山師が儲かると聞き込み、南桑田郡と船井郡の山を歩いてマンガン鉱をさがした。穴太の村上信夫という老人が仲間に加わり、二人で山野を踏査するうち、船岡にマンガンが出るという噂を耳にする。そこで船岡の妙霊教会の叔父に占ってもらうと、必ず出るという神示が下りた。勇み立って山へ分け入った二人だったが、そろって足を踏みはずして谷底へ落ち、けがを負った。結局は鉱脈に行き当たらず、この失敗はすぐさま穴太で話の種になって、喜三郎にはマンさんという渾名がついたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。