三度あばかれた出口ナオの墓
どんな伝承か
綾部と亀岡の施設破壊は、開祖出口ナオの墓にまで及んだ。ナオの奥津城は綾部天王平の町営墓地にあったが、当局は綾部町議会に圧力をかけて、その墓所の廃止を議決させた。大本教の側はやむなく奥津城を掘り起こし、柩を共同墓地の片隅へ移した。もとの墓所は当局の手で玉石に埋められ、木も取り除かれて、跡形もなく壊された。先の弾圧ですでに二度あばかれていたナオの墓にとって、これが三度目の受難となった。
原典より
前回の弾圧で、再度にわたってあばかれたナオの墓にとっては、これが三度目の受難であった。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。