生涯を木綿の着物で通したナオ
どんな伝承か
神はナオに、一代のうちどれほど結構な身になっても、木綿の着物に晒の湯巻きで通せと告げたことがあった。ナオはこれを守り、誰がどんな品を持ってきても見向きもしなかった。熱心な信者が、せめて着物の裏だけでも使わせてほしいと頼んでも許さなかった。そして八十三歳で世を去るまで、木綿の着物に晒の湯巻きという姿を貫いた。竹は一年で伸びても一夜の雪で倒れる、苦労なしには日本魂は貫けないという筆さきの教えを、学問のない田舎の信者たちはそのまま丸のみにしたと、すみの上申書は記している。
原典より
『なおは一代なにほど結構になりても、木綿着物に晒の湯巻きで通せ』と一度神さまが言われたのであります。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。