水行のナオと風呂に入る喜三郎
どんな伝承か
厳寒の朝夕にも、ナオは終末的危難を「大難は小難に」と立て替えてもらうため、一度も水行を欠かさなかった。信徒たちも暗いうちから起きて水をかぶり祈念をこらしたが、喜三郎は頭から布団をかぶって悠々と朝寝をし、「わしは蛙の生まれかわりじゃないワイ」とうそぶいた。水行を強いられれば「水より湯のほうが温い」と風呂を沸かして鼻歌まじりで入る。ナオがどんな寒気にも小さな手あぶり一つで通すのに対し、喜三郎はカンカンおこした炭火に股火鉢と、ことごとく反対の行為をやってのけた。純朴な信徒には我慢のならぬことばかりであった。
原典より
そういう雰囲気の中でも、喜三郎は頭から布団をかぶって悠々と朝寝をしていた。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。