精神鑑定で語った憑霊の体験
どんな伝承か
大正十四年十二月から、第一次大本事件の大審院での事実審理が行なわれたさい、王仁三郎の言動が神霊現象なのか精神妄想なのかが公判の争点となった。検事側は京都帝大の今村新吉に、大本側は東京帝大の杉田直樹に精神鑑定を依嘱したが、神霊現象と明確に判定した杉田はもとより、今村も精神妄想ではないと判定した点で両者は一致した。王仁三郎は今村の質問に、霊がかかると身体が飛び上がって大本の二階の天井に穴があいたこと、三年のあいだ誰が何の用で来るかがわかったこと、腹の中からラムネ玉のような物が衝きあげてきたことなどを証言した。
原典より
大本の二階で体が飛び上がって天井に穴があいた跡がまだ残っております。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。