砂の鯨に破れた白糠のチャシ
どんな伝承か
白糠の酋長は立派な宝物を多く持つと評判で、これを奪おうとした厚岸の酋長が軍勢を船で送り込んだ。白糠勢は各地の戦いに敗れ、最後の拠点オトンペのチャシに籠って地の利を生かし防いだ。攻めあぐねた厚岸方は夜のうちに浜へ砂で鯨の形を築き、上に魚を置き油を撒いて寄り鯨に見せかけ、その陰に兵を伏せた。翌朝、烏が群がるのを見た白糠勢は食糧に窮していたため武器も持たず駆けつけ、伏兵に討ち破られた。酋長も睾丸を射られて死に、その場所は沢や川の名に残った。砂鯨を意味するオタフンペが訛り、のちに乙部と書かれるようになったと伝わる。
原典より
白糠酋長は立派な宝物を沢山持っているので、その評判が高かった。—— 日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第1巻』は、叢書『日本伝説大系』のうち北海道と青森県の伝説を収めた巻である。人間の始めやコロポックル、アイヌの神謡、岩木山一代記、おしら祭文、義経や弘法大師の事跡、狐や大蛇の話、地名や神社の由来などを、口承の資料を中心に採る。伝承地を記した例話を冒頭に置き、〔類話〕〔文献〕〔参考〕の欄で各地の類話の梗概と近世以後の文献の原文を添える編み方をとる。