継父に捨てられた三助と籾の種
どんな伝承か
佐渡にまだ人が住んでいなかった頃、奥州土佐浦の三助は継父に疎まれていた。ある日、二人で釣りに出た沖で強風に遭い、佐渡の南岸に舟を寄せる。継父は三助を山へ薪取りにやり、その隙に舟を出して故郷へ帰ってしまった。取り残された三助は嘆き、池に身を投げようとしたが、その時、衣の褄から母が忍ばせた米の種がこぼれ落ちた。親の情けを思い返した三助は命をつなぎ、弥生の末に池のほとりへ畦を作って籾を蒔く。やがて二種の稲が実り、早い方を土佐、遅い方を己の名の三助と名づけた。その南岸が今の徳和村浦津の浜、籾を蒔き始めた所が浅尾だと『家風農書』は記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。