田村将軍の廟所と正楽寺の礎石
どんな伝承か
田村は津から南へ三里の道のりにあり、田村将軍の廟所があると記す。石塔や碑があったが、蒲生氏郷が松坂の城を普請するとき没収されたという。昔はここに正楽寺という伽藍があり、平安城の清水寺をこの地へ移したのだと土地では言い伝え、その古跡として礎石の形が今も残っている。元亨釈書によれば、延暦十七年に将軍坂上田村丸が狩をして山科に至り、延鎮という僧に行き会って清水の観世音の縁起を聞き、感嘆して家に帰って妻の高子に語り、二人ではかって私宅を移し大同二年に寺を建てたとある。田村丸は刈田丸の子で、身の丈八尺、毘沙門の化身だと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。