山の神が祟った飯盛山の礎石
どんな伝承か
川上町から月瀬へ通じる月瀬街道の右手に、飯を高く盛ったような形をした山がある。土地ではこれを飯盛山と呼んでいる。この山には昔、大きな石が数多くあったので、西大寺を建てるにあたり、七重塔の礎石にそれを用いようとした。ところが山の神が怒り、石に祟りを下したため、ついに使うことを取りやめざるを得なくなった。そのため塔は当初の七重ではなく、五重に改められたのだと伝えられている。
原典より
川上町から月瀬に通ずる月瀬街道に沿って、右手に飯を高く盛りあげたような姿の山がある。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。