婚礼に渡らぬ今市の虎橋
どんな伝承か
今市の虎橋は、曽我十郎祐成の妻であった虎女が架けた橋だと伝える。地蔵院の縁起によれば、建久四年、二十二歳の祐成が富士野で仇を討ったのち世を去ると、虎女は嘆きのあまり髪を下ろして墨染の姿となり、ひそかにこの地へ来て草庵にとどまり念誦して暮らした。弟時宗の妾であった化粧坂の少将も同じころ剃髪して訪ね来て、二人でともに念仏の修行をしたという。当所を流れる更科川に架かる小橋を虎橋と呼び、寺には虎女の墓印だという虎石も残る。世の人はこの橋を婚礼に渡らず、俗に縁切り橋と呼ぶ。虎は住まいを去るものとされ、更科川もまた婚礼には渡らないという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。