家康を匿った南明寺の大擂木
どんな伝承か
南明寺はもとごく小さな寺だった。岡崎城主の徳川家康は父広忠の跡を継いだばかりの若さで隣国の朝倉と戦い、天正八年に敗れて甲斐へ落ちのびる。当時の住僧十三世用山儀存は三河の生まれで家康の竹馬の友だったので、家康はこの寺へ逃げ込んだ。儀存は主従に僧衣を着せて味噌をすらせ、武具は本堂の西隅に埋め、弟子には口外を禁じた。追手は寺内を探したが見つけられず引き返した。家康は擂木こそ命の親だと言って寺宝にするよう頼み、のちに徳川家の寄進で寺は大寺となった。今も本堂の内陣には一番擂木、二番擂木と呼ぶ二本の大擂木が吊るされている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。