徳川家康
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どんな伝承か
山梨県増穂町の南明寺は、かつて小規模な寺院であった。天正八年、岡崎城主の徳川家康が朝倉氏との戦いに敗れて甲斐へ落ち延びた際、同寺の住職・用山儀存(十三世)は家康の幼少時からの友人だったため、彼を匿った。儀存は家康と従者に僧衣を着せ、丁度寺で作られていた味噌造りの作業に従事させることで、彼らの身分を隠したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。
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富士川町の伝承
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