信玄が引いてきた味噌なめ地蔵
どんな伝承か
須玉の若神子、正覚寺の門前に高さ五尺六寸の地蔵が立っている。昔、武田信玄が川中島の合戦のとき、信州川中島にあった地蔵を甲州へ移そうと思い、地蔵の身体に縄を巻いて自ら先に立って引いてきた。幾日も無事に進んだが、正覚寺の前まで来ると地蔵は動かなくなり、信玄も地蔵の思し召しだろうとしてこの地に安置した。今も背中に幾筋もの縄の跡があるという。患部と同じ所へ味噌を塗って祈れば治るといい、味噌なめ地蔵とも放光坊様とも呼ばれる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。