小学校の運動場になった俊寛の墓
どんな伝承か
俊寛・康頼・成経の三人を鬼界島へ流すとの触れが出た。三人は肥前の嘉瀬庄に着いたが長くはとどまれず、嘉瀬津から長崎港外の伊王島へたどり着く。康頼と成経は熊野権現の祠を作って参詣したが、俊寛は参らなかった。嘉瀬庄からは荒木乗観が食物を運んで来た。やがて都から、安徳天皇の安産祈願のためこの島の流人を呼び戻すという使いが来たが、俊寛だけは取り残される。数年後、有王が迎えに来たものの、俊寛はこの島で亡くなった。有王は武庫山の上に亡骸を葬り、松を一本植えた。その墓は伊王島小学校の運動場になっているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(山中耕作・宮地武彦(執筆・整理)/荒木博之(解説)・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第13巻――北九州(福岡・大分・佐賀・長崎)』は、福岡・大分を山中耕作、佐賀・長崎を宮地武彦が執筆・整理し、荒木博之が解説を担った伝説資料集の一巻である。姫島、うつぼ舟、百合若大臣、黒髪山の大蛇退治、平家谷、炭焼小五郎、河童、白米城など、北九州四県に伝わる伝説を題目ごとに収める。各題目は口承を重んじて選んだ例話を冒頭に据え、県別の類話を梗概にして伝承地と出典名を添え、近世以後の史料を文献として抜き出す編み方をとる。