小篠山にとどまった安徳天皇
どんな伝承か
久留米市に伝わる、鳥栖市の橋本清左衛門家の日記による話。長門豊浦に皇居を設ける計画がならず、安徳天皇は竜山に登って太宰府観世音寺に留まり、平宗盛の手配で肥前を経て筑後御井郡の小篠山に入った。長者藤吉種継が迎え、宗盛は八代に潜んだのち対馬へ渡ったが、天皇と二位尼は小篠山にとどまった。種継の娘は朝日を呑む夢を見て男児を産み、その子は出家して栄尊と号し寿福寺を開いた。天皇は二十五歳で天然痘のため崩じ、遺臣は一石に一字ずつ法華経を書いて棺の周りに埋め、陵を築いたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。