耳を埋めて供養した耳納山
どんな伝承か
久留米市の耳納山には、地名の起こりが語られている。貞任の末の息子たちは筑前の鬼城に立て籠もり、八幡太郎義家の三万の軍勢と戦ってびくともしなかった。義家が、奥州ではもう一族は滅びたのだから早く降参せよと呼びかけても、彼らは信じずに戦い続けた。そこで義家は奥州から貞任の耳を切り取らせて見せると、一同は気を落として残らず自害したという。義家は皆の耳を切ってこの山に埋めて供養した。それで耳納山と呼ぶようになったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(山中耕作・宮地武彦(執筆・整理)/荒木博之(解説)・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第13巻――北九州(福岡・大分・佐賀・長崎)』は、福岡・大分を山中耕作、佐賀・長崎を宮地武彦が執筆・整理し、荒木博之が解説を担った伝説資料集の一巻である。姫島、うつぼ舟、百合若大臣、黒髪山の大蛇退治、平家谷、炭焼小五郎、河童、白米城など、北九州四県に伝わる伝説を題目ごとに収める。各題目は口承を重んじて選んだ例話を冒頭に据え、県別の類話を梗概にして伝承地と出典名を添え、近世以後の史料を文献として抜き出す編み方をとる。