耳を埋めて供養した耳納山
どんな伝承か
久留米市の耳納山には、地名の起こりが語られている。貞任の末の息子たちは筑前の鬼城に立て籠もり、八幡太郎義家の三万の軍勢と戦ってびくともしなかった。義家が、奥州ではもう一族は滅びたのだから早く降参せよと呼びかけても、彼らは信じずに戦い続けた。そこで義家は奥州から貞任の耳を切り取らせて見せると、一同は気を落として残らず自害したという。義家は皆の耳を切ってこの山に埋めて供養した。それで耳納山と呼ぶようになったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。