鳥追舟の謡と日暮の里の考証
どんな伝承か
『薩藩名勝考』は謡曲『鳥追舟』を引いて日暮の里を考証する。謡は、薩摩国日暮殿の家来左近尉が、主人の十年余りの在京中に預かった北の御方と花若殿に田の鳥を追わせる筋で、帰国した日暮殿が左近尉を責め、花若が家を継いだと結ぶ。書はこれに按じて、日暮里は向田村の巣山の出端にあたり称名寺の境内に係る二町四方ほどの山岡で、里人が日暮殿あるいは日暮の城と呼ぶ地だとする。また平佐と隈城の境の田の間にある鳥追の森は、継母に苦しめられて川に身を投げた姉弟の屍を埋め、標に楠を植えた場所だと記す。母の里の宮里村には母有川があり、その渡し口を母有渡と呼ぶという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。