日暮之城と追鳥の森の切り株
どんな伝承か
『薩隅日地理纂考』は、縦二町余横一町余の岡を日暮之里と呼び、日暮之城とも日暮殿ともいうと記す。今は林や畑になっているが、日暮長者が住んだ旧地だという。謡曲『鳥追舟』にいう大河は川内川、湖水はその下流にあった大湾を指すとする。花若の墓もここから五町ほど北の平佐郷の内にあり、上に生い茂る榎を俗に追鳥の森という。かつて田畑の妨げになるとして天明元年に伐り除いたが、その切り株から枝が生えて再び森になった。従臣左近允の宅地跡も一里ほど西にあり、山中の小石を積んだ塚を左近允の墓と伝え、郷士原田家が今も掃除を勤めている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。