鉢形の落人が始めた百八燈供養
どんな伝承か
旧吉田町の上吉田塚越から一里ほど奥、群馬県境に近い小川の集落では、盆に百八燈供養が行われる。細い村道の両側に楮の木を三つ又に組んだ燭台を数百も並べ、火をともして祈る行事である。天正十八年、豊臣方の大軍に攻められた鉢形城では、小田原から駆け戻った城主北条氏邦が天神山城に陣取って戦ったが及ばず、城は落ち、氏邦は藤田の正龍寺で剃髪した。敗れた北条の浪人は各地の谷へ散り、慶長の初めには鉢形の家臣山口上総の一族郎党がこの小川に住みついた。彼らが戦死者の霊を慰めようと私財を出し合って百八張の燈籠を作り、法要を営んだのが始まりだという。
原典より
吉田町上吉田塚越から約一里、群馬県境にほど近い小川部落に百八燈供養の盆行事があります。—— 秩父の伝説と方言 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。