八幡太郎が座した筵石
どんな伝承か
昔々、八幡太郎という大将が蝦夷征伐に来た。多くの兵隊を連れて来たので、部落の東南の原に野宿させたが、その有様が蚕のまぶしのようだったので、そこを真代野というようになった。八幡太郎自身は部落の長者の庭先の大石の上に八幡様を祀り、三日二夜、賊の平定を祈った。すると座っていた石に、敷いていた竹の編物の跡がついた。その石を筵石といい、石筵の地名の起こりであるという。また賊の目に兵の数を多く見せるため、硯の形をした大きな石で墨をすり、白旗に字を書いて立てた。この石を幟硯石という。八幡太郎が矢を射たら大きな石が二つに割れ、それを割り石と呼び、近くの栗の木がしだれて、しだれ栗になったとも伝える。
原典より
昔々、八幡太郎という大将が蝦夷征伐に来た。—— 郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦)
福島県郡山市(旧安積郡・田村郡域、湖南・熱海・三穂田・逢瀬・西田・中田ほか各町)に伝わる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事の八部門に分類して集成する。坂上田村麻呂や阿古陀媛・采女伝説・萩姫、源義家ら前九年の役の人物伝承、淵や池の主・龍神・河童、弘法大師の清水、稲荷・観音・地蔵の霊験、長者伝説や埋蔵金、隠れキリシタンなど、郡山の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を伝承地つきで網羅する。