落ちても怪我をせぬ不思議橋
どんな伝承か
田村町大供は戸数の少ない農村で、村内を二分して黒石川が東西に流れている。水利が悪く、わずかの旱魃にも水田が割れたため、庄屋の熊田三郎兵衛が村の中ほどの黒石川に石の堰堤を築いて水利をはかった。堰と並んで名もない一条の土橋が架かっていたが、川幅は三十メートルほど、川底は一面平滑な岩盤である。この橋はどんな激しい洪水にも堰とともに流されたことがなく、強風にあおられて転落した人や馬が数多くいたのに、怪我をした者がないという。村人はそれを川上の磨崖三十三観音の慈悲だといった。安永二年の悪疫流行の際に刻まれたものである。
原典より
田村町大供部落は、戸数の少ない農村であるが、村内を二分して東西に黒石川が流れている。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。