蛇の子を産んだお千代と千代ヶ崎
どんな伝承か
舘から小櫃へ入る手前の千代ヶ崎には、かつて四十八軒の村があったという。そこに住むお千代という美しい娘は、舘の村役を務める若者と契りを交わした。若者は公用の旅に出たはずなのに、毎夜のように訪ねてくる。やがて本物の若者が戻り、話の食い違いが露わになった。次に来た男の襟に針を刺すと、翌朝、点々と続く血の跡は小櫃の山陰の洞穴へ通じていた。中からは、女を身ごもらせたと苦しむ声と、菖蒲湯と菖蒲酒でおろせるという声が漏れる。お千代がその通りにすると、たらい一杯の蛇の子が生まれた。娘は恥じて家裏の川に身を投げ、洞穴の脇には大蛇が死んでいたという。身を投げた場所を千代ヶ崎と呼ぶ。
原典より
昔、湖南の館から小櫃を経て中地、安佐野や三代、勢至堂を結ぶのが主要道であったが、舘から小櫃へ入る手前の千代ヶ崎は、四十八軒もの村だったという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。