五堀山が地名の起こりという五つの堀
どんな伝承か
郡山の地名は「かほる山」ではなく、ごほり山(五堀山)だという。一番北の堀は北町交番の所から文明の湯を通り、元の機関庫の後ろに出て逢瀬に入る。二番目は貨物道路を流れる堀、三番目は北町を通り駅の水神様の所を通って流れたが今は跡形もない。四番目は東町に出た堀、五番目は中江堀から阿弥陀町松木稲荷の所を東に出た堀である。荒地からの堀は諏訪様から横塚の芳賀池に入っており、これを新堀といった。大槻から流れて来た川は開成山に当たって西の内へ流れてしまう。こうして郡山には大きな堀はなく、水に乏しかったという。
原典より
▼伝承地 横塚郡山の地名は「かほる山」でなくごほり山(五堀山)だという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。