七日渕から戻った子馬と馬頭観音
どんな伝承か
堂坂の下手、阿武隈川が断崖に突き当たって折れ、流れが西へ向かう場所に、自然の渦が巻いていた。土地の人はここを七日渕と呼んだ。ひとたび巻き込まれれば七日のあいだ抜け出せず、馬さえ入れば必ず死ぬといって恐れられていたという。ある年の観音の祭礼の日、子馬を引いて参詣に来た者が川を渡ろうとして、子馬を渦に取られた。どうにもならず、そのまま参詣を済ませて帰ったが、七日目の朝、子馬は観音の札を背に負って戻ってきた。霊験の話は近在に広まり、十一面観音は馬頭観音として賑わうようになった。
原典より
富久山町の小泉の堂坂の阿武隈川の下流で、断崖につきあたって、川が屈曲し、水が西に向かって流れるようになっている自然の渦巻きがあった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。