白羽の矢が示した義家の霊泉
どんな伝承か
むかし、八幡太郎義家が後冷泉院の命により奥州の賊徒を征伐したとき、賊徒の抵抗が激しく戦いは進まなかった。ある夜、天より白馬に乗った稲荷の神が現れ、東に向かって白羽の矢を放つと、矢は川沿いに飛んで小森山のほとりに落ちたと思うや夢が覚めた。義家が家来を従えて川を下ると、はたして山ぎわに湯気の立ちのぼる霊泉があった。戦傷兵を入浴させると傷はたちまち治り、勇気百倍して賊徒を平らげたという。このとき義家が腰をおろして霊泉を眺めた石を「休み石」と呼び、稲荷大明神の加護として祠を建て、自ら二本の杉を手植えした。これが二本杉稲荷で、休石温泉の守護神とされている。
原典より
むかし、八幡太郎義家が後冷泉院の命により奥州の賊徒を征伐した時のころである。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。