湖岸に着いた神々の宝船
どんな伝承か
湖南町の小倉沢は、湖底に沈んだ白砂郡四十八ヵ村の生き残りの部落で、いまは四軒の農家が残るのみである。ここに厄病除けの小倉神社が祀られ、祭神はうまくまじの命、物部氏の氏神と伝わる。昔、風もない闇夜に神々が大勢で宝船を操り、戸ノ口の方から小倉沢の沖にさしかかると、深い沖合なのに船がぴたりと止まった。一柱の神が、この陸に鎮座せよとの神慮であろうと考えて舳先を岸へ向けると、船はひとりでに湖岸へ走り着いた。夜が明けて人に見つかっては大変と、金銀財宝と金の船をたたんで小高い土地に埋め、近寄る者は罰があたると立札を残して社を祀ったという。太鼓のばっつぁまと崇められ、神体は太鼓の撥に似た石棒、石剣二本である。
原典より
湖南町の小倉沢は、湖底に沈んだ白砂郡四十八ヵ村の生き残り部落で、今は四軒の農家がひっそりと息づいている。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。